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2017.05.07会員コラム

次なる居場所(画家 片桐三晴)

「秋の夜の、、、酒は静かに飲むべかりけり」でしたっけ。暑い夏が終ると、このフレーズがふと口に出ます。そんな時は飲み仲間を誘い、来し方行く末を熱く語り合うのが無上の楽しみでした。ところが昨今、病気や介護、終末医療、定年後の生き方などの話題でヒートアップ。飲み仲間はシニアだから仕方ないですけどね。楽天家を気どる私でも、老々介護がわが身にも起こることを自覚して落ち着きません。

そんな折、横浜国立大学の関先生から高齢者法に関するホームページに使うイラスト作成のお話をいただきました。難解な文字で埋められたページに優しい風が吹き抜けるように、ホッと温もりが感じられるように、そんな思いを込めて描いた絵です。
このお仕事のお陰で、私はこの夏、いい汗をかきました。アンチエイジングの一助になったかも⁉

さて、某月某日、と言ってもごく最近のこと。
行きつけの本屋の文庫本コーナーで、このような背表紙の本を手に取りました。『七十歳死亡法案可決』(垣谷美雨著・幻冬舎文庫。平成27年発刊・650円)。センセーショナルなこのタイトルに驚き、小難しい法律書を幻冬舎が扱うわけがないとの思い込みの上で、そこそこ厚いけど会話が多そうな軽い印象と、嫁と姑の確執がテーマであることに興味を持ち、思わず買ってしまったのでした。
私は純正シニア世代のど真ん中ですが、年齢制限のない職種という果報にありついて今年で10年目。つまり、現役労働者@シニアという立場です。

さて、過激なタイトルのその本。
舞台は2020年春。 今の日本に噴出している様々な矛盾(少子高齢化、寿命と健康寿命のギャップ、若者の就職難、ブラック企業、介護職の過酷な現場、保育所や保育士不足など)のしわ寄せが複雑化し、年金も医療も崩壊寸前という現状の中で、時の政府のとった手段が「日本国民は70歳で全員死ぬ事にする」という法案だったのです。
2年後の2022年4月1日から施行されるこの「七十歳死亡法案」とは、日本国籍を持つ者は誰でも70歳の誕生日から30日以内に死ななければならない。ただし皇族は例外。政府は安楽死の方法を数種類用意し、対象者はその中から自由に選べるよう配慮する、という内容です。
この法案を背景に物語は、55歳専業主婦の東洋子と定年直後の関白亭主、ニートの息子、ホームヘルパーの娘、寝たきりだけど口が達者で意地悪な夫の母、その他もろもろの年代や立場の人々が、悩ましい今の現実と2年後に直面する出来事にどう対処していこうかと煩悶するさまが、ブラックジョークのスパイスをあちこちに効かせて、結構シリアスに描かれています。こんな面白い物語、一気加勢に読了したのは言うまでもありません。

ページを閉じる。「へぇ~・・・ 70歳かぁ・・・」とひとりごちながら、複雑な心境で自問自答してみる。「じゃあ幾つなら納得できる?」と。88歳? 95歳?「うーん・・・」
とても答えに窮します。心にモヤモヤが残ります。
そうこうしているうちに、この法案の突飛さと非現実性とカラクリに気づき始めました。
これって現代版姥捨て山(楢山節考)じゃないのかな?
意識がなく胃ろうで生命保持している人も、おしゃれでピンクの似合うあの方も、ジムで筋トレに励むおジイさんも、高齢者大学で仲間と刺激しあっている和子さんも、ある年になったら生きる権利を奪われるということなのです。
なんという非情でおぞましい法案でしょう!!
とここで興奮を沈めるべく、冷えた白ワインを飲むワタシ。
待てよ!・・・(ありえないけど!) 2020年に出るかもしれないこの法案を可決させないために、私の、私たちシニアのできること、すべきことはなんだろうか?ワインで少しクールになった頭で考えてみる。

そもそも私は、老人は若者の足を引っ張ってはイケない、という考えを持っています。だからといって老兵はショボショボと「消え去る」のではなくて、培ってきた英知と経験を駆使して「次なる居場所を探す」べきだと思うのです。それを早くから自覚して、そのための努力を惜しまない人は、社会の一助には程遠いかもしれないけれど、少なくともお荷物にはなりにくい?のではないか。
つまり、自分の老後はなるべく社会(強いて言えば身内の若い人)の負担やお世話にならずに暮らすという心構えが大事だと思うのです。例えば、ある程度の老後資金を作ったら貯め込まずに寄付や経済市場に回す勇気を持つことは、経済の活性化に役立つかもしれません。また日ごろ頭や体を鍛えてボケや入院を防ぐことは、老人医療費の削減に繋がることでしょう。死生観(特に終末医療の際の自分の意思)を周りに伝えておくことで、遺された人の経済的精神的負担は確実に減ることでしょう。身の回りをシンプルに清潔に暮らす、コミュニケーションを取る努力を惜しまない、などなどの、些細だけどいささか面倒くさい心構えですが。
けれど、その地味で謙虚な?努力が嵩じて、シニアの力が何らかの形で社会に認められ求められて貢献できるなら、まさに「次なる居場所、見っけ!」じゃないですか!
この本って、荒唐無稽のイタい切り口で世の中を診察して、読者に「気づき」という自己治療を促す本だったのですね。

かく申す私。長年ジムで筋トレをしていても、幼児体操教室の先生になれるわけじゃなし、趣味の数独で難問を解きながら座り続けているから腰は痛くなるし、人の輪の中より孤独な映画館が好みだし、この年になっても老後資金は完ぺきに不足だし。いまさら、あるべきシニアの生き方に気づいても、言うは易し、されど・・・。なので、無駄な足掻きはやめて、今の私を必要としてくれる場所(造形絵画教室)で頑張ろうと、あらためて決意したのでした。ポジティブに言うなら、早くにして居場所を見つけていたのかもしれない。
このポジティブ志向も、脳内が活性化して老化防止になるようです。そういえば赤ワインの成分・ポリフェノールに抗酸化作用があって、これもまた老化防止にヨロシイことを思い出しました。
さて次は、赤のワインにしましょう。

〖 画家 片桐 三晴 〗

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