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2017.02.14会員コラム

高齢者の抱える問題 「認知症」 (横浜市立大学 医師 鈴木ゆめ)

1.はじめに

超高齢社会となった現状、年齢とともに罹患率が確実にあがる「認知症」は高齢者のみならずその周囲の人にとって大きな課題だ。

「認知症」を理解するために、まず混乱したその言葉の概念規定から、認知症の種類とその具体的な症状までを述べたい。

2.用語としての「認知症」

すっかり社会に浸透したかに思える「認知症」だが、この言葉が正式に使われるようになって実はわずか10年だ。

2004年6月厚生労働省が立ち上げた「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」はその半年後の2004年12月「痴呆という用語は、侮蔑的な表現である上に、痴呆の実態を 正確に表しておらず、早期発見・早期診断等の取り組みの支障となっていることから、できるだけ速やかに変更すべきである。痴呆に替わる新たな用語としては、認知症が最も適当である」と結論した。

以後「痴呆」という用語は撤廃、公文書もジャーナリズムもすべて「認知症」を使うようになった。2004年、我が国から「痴呆」はなくなった。

3.DSM-5

さて一方、アメリカ精神医学会は2013年、DSM-5を公開、「dementia」を「neurocognitive disorders」に置き換えた。日本で「痴呆症」がなくなったと同様、「dementia」という言葉がなくなったのだ。「Dementia」はラテン語の「de-mens」に由来し、「正気」の否定型であるからよろしくないというのが理由だ。

DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)はアメリカ精神医学会が定めた精神障害に関するガイドラインで、世界保健機関によるICD(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems:疾病及び関連保健問題の国際統計分類)とともに、世界各国で用いられている。

今回の改訂での関心事は、dementiaがNeurocognitive Disordersにかわったこと自体もさることながら、既に我が国で「認知症」と改めた言葉にどのような訳語を当てるかだった。公開された翻訳は「神経認知障害群」で「認知症」も継続して使われている。

4.「認知症」についての誤解

「認知症」について一般の方には3つほどの誤解がある。

(1)「認知症」には治るものもある、あるいは予防できる

(2)「認知症」はアルツハイマー病のことである

(3)「認知症」は徘徊・暴力の末、廃人になる

の3つだ。

まず、治るかどうかだが、ICD-10による「認知症」の定義は「慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、記憶、思考、見当識、理解、計算、学習言語、判断等多数の高次脳機能の障害からなる症候群」だ。慢性、進行性となると「治らない」のであって、テレビで「認知症が治った」といっているのは嘘だ。

次に、厚生労働省の研究班によれば、我が国の認知症は約70%がアルツハイマー病であるが、その他の認知症もあり、それぞれ特徴があって、治療や対応も違ってくるため見過ごせない。アルツハイマー病は認知症だが、認知症はアルツハイマー病だけではない、ということだ。

アルツハイマー病が多いとすると、その経過は長く、しかも記銘力障害が目立つ一方、人格の崩れは初期にはないことから、認知症が間もなく人格崩壊して廃人になるというのはウソになる。

テレビで治ったといっているのは?

さて、逆にもっと広く、いろいろな原因で脳の機能が落ちて知的活動がうまくいかない状態全般を「認知症」とよぶ向きもある。この混乱は「認知症」をよりわかりづらくしている。

慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症など、硬膜の下に出血した血の塊や、脳室に溜まった髄液によって脳が圧迫されて起こる認知機能障害がしかるべき治療によって回復し、あたかも認知症が治ったかのようにいわれる。しかしこれは慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症が治って、落ちていた認知機能が元に戻ったに過ぎない。また、体の調子やビタミンの不足からくる脳の不調や、腎臓、肝臓などの持病の悪化によって起こる脳機能低下でも、頭がぼうっとして返答もちぐはぐになる。こういった状態全部を「認知症」と呼んでしまっている。確かにぼんやりして返答もしっかりできなくなり、一見では区別がつかないのだ。

この点が非常に重要で、「認知症」を理解する上での転回点とも言える。体の調子がよくなったり、慢性硬膜下血腫を治したりすると、認知機能も元に戻る。認知機能の発揮を邪魔していたのは、認知症ではなく、血腫や溜まった髄液による圧迫や身体に不調から来る脳の機能低下や意識障害だったのだ。

「認知症」が治ったり、治らなかったりするのは、いろいろな原因で起こる似た状態を十把一絡げにして「認知症」と呼んでしまっているからだ。

しかし、一般の人にとって大事なのは、このような概念規定などではなく、一体全体、その状態は治るのか、治らないのか、治すにはどうしたらいいのか、ということだ。

そこでまずはとにかく、診断をきっちり行うべく、専門家のいる病院に行きなさいということになる。つまり、認知障害が出た場合に病院に行く目的は「認知症」を診断してもらうことではなく、それ以外の何か治るものを探してもらうことに尽きる。

認知症の種類

不幸にも治らない認知症と診断された場合でも、どの認知症か知っておく必要がある。それぞれ特徴があり、対処法も違うのだ。

アルツハイマー病(Alzheimer disease; AD)では、アミロイドβやタウ蛋白が脳に蓄積する。症状の特徴は記銘力障害といって、記憶装置の中でも、覚え込むのが苦手になることだ。発病する前の昔に覚え込んだ記憶は保たれているのだが、最近のことはめっきりということになる。「もの忘れ」と言われる割に昔のことは微に入り細にうがって覚えている。「もの忘れの病気」ではなく「もの覚え」の病気だという方がいいかもしれない。こういったことから、この病気では今日の日付と自分の年齢が苦手になる。日々変わる日付、毎年更新される自分の年を覚え込めなくなるのだ。

レビー小体型認知症はαシンヌクレインという物質が溜まってレビー小体というものを形成するので、シンヌクレオパチーとも言われている。この病気の最大の特徴は幻視を中心とした幻覚だ。たとえば火事で家が燃えているなど、色鮮やかな幻視が見えて、怖くて大騒ぎしてしまう。また、パーキンソニズムといって、体の動きが緩慢になる。症状に変動があるのも特徴だ。ドネペジルという薬を使うと、幻覚がよくなる。幻覚が消えると、本人、家族ともにとても楽になる。

前頭側型認知症はタウやユビキチン、TDP−43といった物質が溜まるといわれている。この病気の側頭型は昔ピック病と言われ、怒りっぽくなったり、暴れたりすることがあって周囲を困らせた。

これらの「治らない認知症」は変性疾患といって、神経細胞が変性してもとに戻すことができないのだが、現在、様々な薬によって生き残った脳細胞を元気づけたりして生活しやすい時間をのばせるようになった。

血管性認知症は脳梗塞や脳出血など、脳血管障害が多数起こって脳実質が少なくなる状態で、治ることはないのだが、脳血管障害にならないようにすることで予防できる。動脈硬化を引き起こすメタボの予防だ。なってしまったら治すことはできないが、予防できる唯一の認知症だ。

5.認知症の現状と今後の課題

「あの人は認知症」という言葉のウラには家庭や社会からの疎外がある。

失敗をすると「だめじゃない」と怒られる、「何もやらなくていい」と否定され、「手を出さないで」と拒絶。

人間らしさがいかに侵害されることか。

認知症になるとあたかもみんな、人格が壊れてなくなってしまい、何も気にしなくなるのだと思われがちだが、決してそうではない。

アルツハイマー病の患者は急激に知能が下がったり、子供のようになったりするのではなく、まずは新しいことを記憶できなくなる。初期、もの忘れはするが、感情は鈍化せず、自尊心もしっかりしている。その解離にさいなまれるのだ。

子供の頃の記憶しかなくなったら、その頃の様子にしかなじめない。ディケアでよく童謡を歌わせるのは、知能が子供の状態になるからではなく、記憶に残っているその頃の歌を歌うと、なごんで気分が良くなるからだ。

6.おわりに

言葉に込められる「侮蔑」は本質的にはその言葉を使う主体の問題だ。呼び名を変えたところで、社会における認識が変わらない限り、いたちごっこだ。市民一人一人がもっと身近な病気として感じ取り、どうしたら無理せずにつきあっていけるかを考えていかなければならない。

根治療法が開発されるまで、私達の理性と知性が克服すべき課題だ。

〖 横浜市立大学附属市民総合医療センター 一般内科教授・部長 鈴木 ゆめ 〗

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