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2016.06.10視察報告(海外)

イギリス視察報告(北海道大学 教授 西村 淳)

Ⅰ ゲーツヘッド市訪問
日本とイギリスの高齢者介護制度を比較するため、イギリス調査を行った。以下は2015年9月23日のイギリス・ゲーツヘッド市訪問の概要である。

1 問題意識us_img
わが国の高齢者介護制度は、戦後長い間、行政が社会福祉法人に対して行政措置によって施設入所等の対象者に対するサービス提供を委託することで公的責任を果たすという措置制度を中心に運営されてきた。その後、2000年に介護保険制度が施行され、利用方式は利用者と事業者との契約方式になり、民間企業など多様な運営主体の参入が促進されるとともに、施設・在宅の多様なサービスが提供されるようになった。このような改革に関しては、行政の直接のサービス提供責任がなくなり、費用の支給だけになるため、公的責任があいまいになる等の批判がある。このように多元化(多様な事業主体と多様なサービス)する高齢者介護における公的責任の所在はどこにあると考えるべきだろうか。

2 イギリスのコミュニティケア
イギリスにおいては、1993年から施行されたコミュニティケア改革と、1998年以降の社会的ケアの現代化により、内部市場化による民間事業者の参入、利用者本位化、地域における医療介護連携などが進められており、わが国と同じ方向性を見ることができる。また、新たにCare Act 2014(新法)が成立し、公的責任の果たし方について整理が行われたところである。

3 ゲーツヘッド市の高齢者ケアus_img2
ゲーツヘッド市(Gateshead Borough Council)は、イングランド北部の工業都市で、人口は約20万人である。今回は、市役所のケアマネジメントの責任者のMargaret Barrett氏と、コミッショニングの責任者のMichelle Crawford氏にお話を伺うことができた。

(1)アセスメント
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個人は自治体の職員であるケアマネジャーによるニーズアセスメントなしにサービスにアクセスすることはできない。個人の状況がわかり、サービスの必要があると思われる場合、申請がなくても自治体にはアセスメントの義務がある。ニーズが支給基準に合っていると自治体が判断した場合はサービス提供義務がある。
ゲーツヘッドにおいては、アセスメント依頼のための電話番号は1つにしており、家族や医療関係者からの電話での依頼が多い。ケアマネジャーは市役所におり、ほかに総合病院にケアマネジメントチームがあるが、地区ごとにはチームはない。依頼があった場合訪問し、食事・衛生・排泄・衣服・住居環境・安全・人間関係・社会参加・移動・育児の各項目について、介助者なしに達成できるかどうかを判定し、支給基準に適合しているかどうかを認定する。ほかに虐待や医療、コミュニケーションと当事者参加の方法も記載する(☞右のアセスメントシート)。

(2)ケア・サポートプランとサービス提供
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アセスメントの結果、支給基準を満たしている場合は、ケアマネジャーはケア・サポートプランを作成する。ケアプランには、上記の各項目につき、認定されたニーズと個人予算、本人の希望と対応策を記載し、週間サービス計画表を作成する。本人の同意、直接支払い及び個人予算について説明を行ったことも記載する(☞右のケアプランシート)。

サービス事業者はケアマネジャーが本人の希望を聞いて、契約事業者の中から選択する(通常は近くの事業所)。ケアホームについて見ると、32ホーム1679ベッドのうち、1409ベッドが埋まっており、うち300はself-funderである(約2割。ゲーツヘッドは少ない)。
利用者は入居契約(サービスの内容を書いたサービスガイドで市と事業者の契約書に添付されているもの)に署名するので、利用者と事業者の間の事実上の契約として考えられている。不満については手続きに基づき処理され、死亡事故等は損害賠償訴訟もありうる。
直接支払制度を使うかどうかを優先的に聞くことになっており、勧めているが、高齢者には利用しにくく、実際には利用者は127人にすぎない。

(3)利用者参加と地域医療介護連携のための計画
ゲーツヘッドでは、利用者のサービスへの参加を進めるためのInvolvement Strategy (利用者参加計画)と、地域の保健当局との連携によるJoint Starategic Needs Assessment(地域医療介護計画)が定められ、公的な責任の内容を定めている。
(詳細は、西村淳「社会保障と公共政策―多元化する地域ケアにおける公的責任」(西村淳編『公共政策学の将来』(東洋経済新報社、2016年)所収)を参照)

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Ⅱ ロンドン大学キングズカレッジ老年学研究所訪問

2015年9月24日にロンドン大学キングズカレッジ老年学研究所を訪問し、イギリスにおける老年学の現状と、その中における高齢者法学の位置づけについて、Anthea Tinker教授・前所長(専門は社会政策。☞写真はKCLホームページより)にお話を伺った。

ロンドン大学キングズカレッジ老年学研究所は、老年学の学位付与をイギリスで初めて行った研究所である(ほかにはマンチェスター、ニューカッスル(医学的)、サザンプトン、オックスフォード(PhDのみ)の各大学でおこなっている)。学部学生66人で、「老年学」「高齢化と社会」「社会政策と高齢化」の3つのコースをもつ。スタッフは40人で、社会政策、生命倫理、人口学、統計学、法学など多様なバックグランドをもつ(筆者西村も過去に短期間客員研究員として在籍したことがある)。以前のプロジェクトの中に「家族法の法曹の業務に関する研究」(家族法曹会委託研究)があった(by Debora Price)。
老年学において法的側面の研究は重要だが、イギリスにlegal gerontologyという概念はないと思われ、British Society of Gerontologyにもブランチはない。

※(西村注)Oxford Institute of Population Ageing にはJonathan Herring(医事法)とSandra Fredman(労働法・人権法)も兼務で所属しているが、Older People in law and Societyを書いたJonathan Herringは「アメリカではelder lawは実務的にも学問的も確立した分野だが、イギリスにはSolicitors for the Elderlyはあるが、大学でも実務でも関心は低い」と批判している。

<写真>キングズカレッジと老年学研究所

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〖 北海道大学教授 西村 淳 〗

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